取材│「自分を責めるのはもうやめにしよう」男性シンガーKaijyuが不妊治療のリアルを歌う『奇跡の居場所』に込めた思い
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妊活お役立ち情報
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不妊治療という、正解のない暗闇の中で、誰かの妊娠を心から祝えなかったり、自分たちだけが取り残されたように感じたりした経験はないでしょうか。
シンガーとして活動するKaijyu(カイジュウ)さんも、数年にわたる不妊治療を経験した当事者の一人です。自身の赤裸々な感情と、亡き父からの言葉をきっかけに生まれた楽曲『奇跡の居場所』。そして、YouTubeで公開されているミュージックビデオ(MV)に隠された深いストーリーについて、ご自身の経験とともにお話を伺いました。
9歳の年齢差。「僕に原因があるのでは」と踏み出した不妊治療

ーー本日はよろしくお願いします。まずは、ご自身の不妊治療の経緯について教えていただけますか?
Kaijyuさん:妻の心と体の限界もあり休んでいた時期もありますが、長年の治療を経験しました。最初の1年は自己流でタイミング法を行っていましたが、なかなか授からず、僕の方からクリニックに行ってみようと提案したのが始まりです。
ーーご主人であるKaijyuさんの方から病院へ行こうと提案されたのですね。
Kaijyuさん:はい。僕たち夫婦は9歳年が離れています。だから「僕の方に原因があるんじゃないか」って最初思ったんですよ。テレビなどで男性不妊の話題を見たこともありましたし、まずは正直、自分の検査をしたいという気持ちがあったのがきっかけです。
妻に話したところ、「あと半年頑張りたい」とのことだったので、その半年後に2人でクリニックへ行きました。
連続する絶望と「透明帯形態異常」という稀な壁

ーークリニックでの検査や治療はどのように進んだのでしょうか。
Kaijyuさん:諸々検査をした結果、僕の方には特に異常はなく、妻に軽度の多嚢胞性卵巣症候群が見つかったものの大きな要因ではないと言われ、当初は「原因不明の不妊」と診断されました。そこからタイミング法、そして人工授精へと計5回ステップアップしましたが結果が出ず、体外受精へと進みました。
しかし、ここで大きな壁にぶつかりました。妻の体への負担を考慮し、月に1個の卵子を採卵・成熟させる方針だったのですが、3回連続で卵子が成熟せず、スタートラインにすら立てない状態が続いたのです。
ーーそれは精神的にも非常にお辛い状況でしたね。
Kaijyuさん:そうですね。「もうダメなのかな」と2人で何度も絶望しました。しかし、あまりに成熟しないことを不審に思ったクリニック側が、県内の有名な先生に意見を求めてくれたことで状況が一変しました。そこで、非常に稀な「透明帯形態異常」の可能性があると指摘されたのです。
透明帯とは卵子を包む殻のようなものですが、これが極端に薄く、通常の顕微鏡では「変性した(成熟していない)卵子」に見えてしまっていたそうです。
そこで、卵子の構造の整いや育ち具合を正確に捉えることができる特殊な顕微鏡(偏光顕微鏡)で確認してもらったところ、中身は問題なく成熟していることが判明しました。その後、顕微授精を行うことで無事に受精し、妊娠、そして娘を授かることができました。
「絶対にふたりごととして進める」夫として心がけた寄り添い方

ーー先の見えない治療の中、ご夫婦ではどのように不妊治療と向き合っていたのでしょうか。
Kaijyuさん:不妊治療は夫婦2人のことなので、絶対に妻ひとりの問題にせず「ふたりごと」として進めることを意識していました。
できる限り一緒に通院しましたし、仕事の都合でどうしても行けない時は、当たり前なんですけど帰宅後すぐに「今日の病院はどうだった?」と聞き、その日のことやこれからのことを話し合う時間を必ず作っていました。
僕自身も不妊治療について深く理解し、妻と対等に話し合える状態でいるよう努めました。治療はどうしても女性中心になりがちで、身体的な負担も確実に妻の方が多いです。だからこそ、その日の妻の顔色や状態を察して、すべてを受け止めるようにしていました。
ーー男性側がそこまで主体的に関わり、理解しようとしてくれることは、奥様にとって大きな救いだったと思います。
Kaijyuさん:痛い思いをして頑張ってくれている妻には、「ありがとうね」といつも抱きしめていました。心の面で寄り添うために、「正しさ」は置いておいて、妻から生まれた感情を絶対に否定しないことも心がけていました。
男性の役割は「頑張ってね」と言う事ではなくて、通院予定の把握、可能な限りの家事をやる、子供ができなくても夫婦で生きていく覚悟を言葉にすることだと思います。
ただ、不妊のことばかりになると苦しくなってしまうので、メリハリも大事にしていましたね。休みの日は楽しい時間を作り、「2人の時間を存分に楽しむこと」を意識しながら妻と向き合っていました。
誰も歌わなかった「不妊治療のリアルな感情」

ーー治療のご経験を、ご自身の音楽活動のなかで「歌」にしようと思ったのはなぜでしょうか?
Kaijyuさん:僕は元々、自分を整え、自分の気持ちを知る作業として歌詞を書き出すことが多いんです。不妊治療のことって、誰にでもベラベラと話せることではありませんよね。僕自身も、親友2人と家族にしか打ち明けていませんでした。
治療中、音楽を聞いて前向きになろうと思っても、「不妊治療」をテーマにした曲って存在しなかったんです。違う立場のポジティブなメッセージを聞いても何も心に刺さらず、すごく寂しい気持ちになりました。そこで「もしかしたら、同じ思いをしている人がいるんじゃないか」と考えたんです。
当事者である僕が赤裸々な気持ちを歌にすることで、同じように苦しんでいる人に寄り添えるのではないかと思い、この曲を作ることを決めました。
「生きててよかった」ですべてが変わる。MVに隠されたメッセージ

ーーYouTubeで公開されているミュージックビデオ(MV)の映像についても伺わせてください。映像には、不妊治療中のご夫婦以外にも何人かの登場人物がいますね。
Kaijyuさん:実はこのMVの舞台は、不妊治療専門のクリニックではなく「総合病院」なんです。登場するのは、不妊治療をしている夫婦、自殺未遂をして手首に包帯を巻いた弟とギャルの姉、そして介護に疲れ切って車椅子の母親を無視してしまっている娘と母親の、計3組です。
ーーそれぞれが全く別の問題を抱えて、たまたま同じ空間にいるんですね。
Kaijyuさん:そうなんです。最初はみんな、それぞれが自分の問題でいっぱいいっぱいで、完全な「他人事」の状態でそこにいます。兄弟が騒いでいれば、他の2組は「うるさいな」という顔をしているような、自分だけが苦しくて嫌なことばかりだと思っている空気感です。
でも、最後のサビに入った時、ギャルのお姉ちゃんが弟をぎゅっと抱きしめて、大声で「あんたとにかく、生きててよかった!」って叫ぶんです。映像からは声は聞こえませんが、その力強い言葉に、そこにいた全員がハッとするんです。
自分だけが苦しいと思っていた世界の中で、「ひとまず生きていられるだけで良かったのか」とみんなの意識が少しずつ変わり、見えている世界が変わっていく……というストーリーになっています。
みんなそれぞれ他人事だと思っていても、知らないところで何かしら影響を与え合って生きているんだよ、ということを伝えたかったんです。
祝えない自分を許すこと、そして「奇跡の居場所」の本当の意味

ーー歌詞の中に「誰かの幸せを祝えなくたって」というフレーズがありますが、この言葉に救われる方は多いと思います。
Kaijyuさん:この曲の歌詞は、妻と何度も「この気持ちって本当だよね?」「嘘はないよね?」と確認し合いながら、2人の思いを完全に反映させて作りました。
僕自身、飲み会で友人の妊娠報告を聞いて「おめでとう」と言いながらも、「なんで俺たちはダメなんだろう」と落ち込むことがありました。妻も、SNSでの妊娠・出産ラッシュを見るたびに辛い思いをしていました。
そんな時に、「真剣に頑張っているんだから、祝えない時があってもしょうがないよ」と、どんな自分も否定せずに許してあげようという思いから生まれた歌詞です。
ーータイトルの『奇跡の居場所』には、どのような意味が込められているのでしょうか?
Kaijyuさん:一見すると、「子どもという奇跡が来てくれる居場所になりたい」という意味に見えると思います。僕たちも治療中、奇跡を待っているのに選ばれない「ダメな自分」だと否定してしまうことがありました。
しかし、治療中に亡くなった僕の父が、亡くなる数日前に「こんなに優しい子どもが3人いたこと、それだけが俺の自慢だ」と涙をためながら言ってくれたんです。
その言葉でハッとしました。自分もすでに「奇跡的に生まれてきた、紛れもなく尊い存在」なんだと。誰もがすでに、誰かにとっての「奇跡の居場所」なんです。だから、今日まで頑張ってきた自分を否定するのはやめて、胸を張って自分を誇っていこう。そんな強い思いを込めています。
苦しむ人の隣に、ただそっと寄り添う存在に

ーー治療を頑張っている当事者や、その周囲の人へ伝えたいことはありますか?
Kaijyuさん:当事者の周りにいる方は、ただ気持ちを受け止めてあげることが大切だと思います。「こうした方がいいよ」といったアドバイスは、当事者にとっては「だからダメなんだ」と否定されているように聞こえてしまうこともあります。
不妊治療をしている方の中には、友人の集まりなど子どもの話題になりがちで少し距離を置きたくなってしまう時期がある人もいます。私自身も、そんな時期がありました。
でもそれは、友達が嫌いになったわけではなくて、ただ自分の心を守るための時間だったりします。だからもし、ふと姿を見せなくなることがあっても「いつでも参加してね」と、そっと見守っていてくれたら嬉しいですね。
ーー最後に、今まさに暗闇の中で不妊治療や困難に向き合っている方へメッセージをお願いします。
Kaijyuさん:不妊治療は、経験した人にしか分からない独特の絶望感があります。体力も時間もお金も削られ、本当に大変です。それでも、一つのことに真剣に向き合い続けているという事実自体が、本当に凄いことだと思います。
結果がどうなるかは誰にも分かりませんが、誰かを想って真剣に頑張ってきた事実があり、その方自身の価値は絶対に何一つ揺らぐものではなく、胸を張って誇っていいものです。
僕は、誰もがすでに誰かにとっての「奇跡の居場所」だと信じています。幸せって、雲みたいにどんどん形を変えていくものだと思うんです。良くも悪くも、今思い描いている形と違ったとしても、いつかきっと「自分も奇跡の居場所だったんだ」と胸を張って思える日が来たらいいなと願っています。
もし苦しくなった時、この『奇跡の居場所』という曲が「何かを解決するもの」ではなく、「その暗闇、知っているよ」「分かるよ」と、聞いてくれた人の隣にただそっと寄り添う存在になれたら嬉しいです。
この記事の動画はこちらから
本日お話をおうかがいした方
“実体験だけを歌う” ノンフィクション・ドラマチックシンガー。
Kaijyu
ラッパーとしてのキャリアを経てソロシンガーへ転向。リアルな感情をそのまま物語へ変換する等等身大の歌詞世界が支持されている。自身の活動に加えてアイドルやシンガーへの楽曲提供も手掛けたこともあり、代表曲「告白色」は、サブスクリプション累計 80万回再生を突破しており、多くのリスナーの感情に寄り添い続けている。
▼Kaijyuさんの音楽はこちらから▼
https://www.youtube.com/@kaijyuchannel
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