【体験談】特別養子縁組という選択。8年の不妊治療を経て、夫婦で歩んだ「家族」への道のり

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2026.07.10

患者の声

【体験談】特別養子縁組という選択。8年の不妊治療を経て、夫婦で歩んだ「家族」への道のり

長年にわたる不妊治療を経て、「特別養子縁組」という選択で新しい家族を迎えた、みわさん(45歳)。今回はみわさんに、特別養子縁組を決断するまでの葛藤や、夫婦で同じ方向を向くまでの道のり、そして実際に子どもを迎えてからの現実と心境の変化について、ありのままのお話を伺いました。

これから特別養子縁組を検討される方や、不妊治療の先のステップについて悩まれている方にとって、ひとつの道しるべとなるリアルな体験談をお届けします。

決断のきっかけとパートナーとの合意、情報収集の現実

不妊治療の長期化と特別養子縁組との出会い

ー 養子縁組を検討し始めた具体的なタイミングや理由はどのようなものでしたか?


不妊治療が約8年と長期化し、年齢的にも「この治療がダメなら次のステップに向かう時なのかな」と考えていたタイミングでした。

通っていたクリニックの看護師さんから、先を見据えた治療選択ができるようにと「卵子提供や特別養子縁組、ふたりの生活」をテーマにした会を紹介され、夫婦で出席したことで特別養子縁組について知りました。

特別養子縁組という言葉は知っていましたが内容は全く知らなかったため、自分たちに合うのか全容を知った上で検討したいと夫婦で話し合いました。


そして、行っていた治療がひと段落ついた後、都道府県が行っている里親登録の研修に申し込みました。半年かかる研修中も、ステップダウンした治療をしながら、「なぜ子供が欲しいのか」「ただ子育てがしたいのか」「自分の産んだ子供が欲しいのか」「遺伝子を残したいのか」と自問自答を繰り返していました。

最終的な決断の決め手となったのは、研修中に児童養護施設の子ども達と何度か触れ合ったことです。家庭で育つことができない子ども達が大勢いることに衝撃を受けながら、「家族を増やしたい!子育てがしたい!」と強く思うようになり、決断に至りました。

パートナーとの温度差を乗り越え、同じ方向を向くまで

ーご夫婦(パートナー)間で意見の相違はありましたか?また、どのようにして同じ方向を向くことができましたか?


思うように結果が出ない治療を経ていたため、はじめは夫が少し難色を示していました。しかし、「内容を知ってから、判断してもいいのでは?」と伝えると、里親登録の研修会に参加をしてくれました。クリニックの会に参加してから研修会の申し込みの電話をするまでに、約1年はかかっていたと思います。私自身も正直、一歩踏み出す勇気がなかなかつかなかったです。

研修内容には、なぜ希望するのかという今までの経緯や、自分自身の生い立ち、家庭環境などを話す機会が何度もありました。それを重ねるうちに、徐々にお互いに「この選択しかないな」と思うようになっていき、結果として研修が終わるころには同じ方向を向くことができました。

情報収集で知った地域格差と、早く知りたかった「年齢制限」

ー検討段階で特に役立った情報源や、逆に「もっと知っておきたかった」と感じる情報はありますか?

情報収集を進める中で、特別養子縁組には都道府県の子ども家庭センター(児相)が行っているものと、多くの民間の斡旋団体があることを知りました。都道府県の斡旋は地域格差がかなりあるようで、自身の住んでいる児相からは年間0〜1件あるかないかという現状を実習中に知りました。お住まいの地域で力を入れているか否かや、タイミングもあるかと思います。

また、民間斡旋団体を検討する上で「早くに知っておきたかった情報」もありました。それは、団体によって方針が異なること、研修や書類審査があること、そして団体によって資料請求の段階から「年齢制限」がある団体が存在することです。多くは子どもとの年齢差を45歳差*としていて、その理由は「子どもが思春期や20歳を迎えた時に、育てる親に体力があるか」ということでした。*40〜42歳差とする団体もあります。


私たちは「こども家庭庁の斡旋団体一覧」で各団体のホームページを拝見し、それぞれの斡旋実績も参考にしながら、まずは団体の選定をしていきました。情報収集を進めると、希望者がかなり多いのになかなか縁が繋がらないこともあり、必ずしも縁組できるとは限らないことも分かりました。

迎える側の「心づもり」と周囲への報告、環境整備

「どんな状況でも育てていく」という覚悟

ー 縁組を決める際、自分の中で「これだけは受け入れよう」と決めた覚悟やルールはありますか?

縁組を決める際、「この子とご縁が繋がったのであれば、どんな状況に置かれようとも、これからでてくるかもしれない障害の有無にかかわらず、育てていこう」と心に決めました。

覚悟を決めてもらうため、両親へは早い段階で報告

ー ご両親や周囲の方へはいつ、どのように伝えましたか?その際の反応はどうでしたか?

両親へは、里親登録の研修を受ける段階で伝えました。その時点では私たち夫婦も全容が分からない段階だったため、「知りたいから受ける」という形で伝えています。親は昔ながらの考え方であり、「養子」というフレーズに難色を示しましたが、何とか意向をくみ取ってくれました。

早い段階で伝えておく方が、両親も調べたり覚悟が出来たりするのではと考えたからです。その後も要所要所でこちらの状況や思いを伝え、固い意志を伝え続けました。


妹と弟には、両親と同じか少ししてから伝えましたが、とても喜んでくれたので今でもほっとしたのを覚えています。近い友人にも同じように伝え、応援してくれる人が多く励みになりました。

子どもの育ちと仕事の調整、安全に合わせた部屋づくり


ー お子さんを迎えるにあたって、物理的な環境(部屋、仕事の調整など)で特に意識した点はどこですか?

子どもを迎えるにあたっては、子どもとの交流が始まる目途に合わせて仕事を退職しました。「主に養育する者が3か月から半年は家庭にいる」という団体の意向に合わせたものですが、慣れない育児の中で、お互いに落ち着くまで仕事をしながらの養育は無理だと思ったことも理由です。

自宅の環境は、迎える子どもの1歳という年齢に合わせて、危険な物は片付けたり、補助ガードを付けたりして対策をしました。自分や夫が動きやすいように、1室を子供部屋にして準備を整えました。

【補足】仕事と育児の両立について

今回の取材対象者様は退職という選択をされていますが、2017年の法改正(育児・介護休業法の改正)により、特別養子縁組の監護期間(試験養育期間)にある養親も法律上の育児休業(育休)を取得できるようになっています。そのため、現在は仕事を辞めずに育休を活用して子どもを迎えている養親の方々もいます。

実際に迎えてみて感じた「課題」と「現実」

想像を超えた「試し行動」と、予期せぬトラブルから得た救い

ー 実際に生活が始まってから、想像と違ったことや、直面した最大の壁は何でしたか?

実際に生活が始まると、想像していたことと違う現実や壁にも直面しました。「試し行動」が大なり小なり必ずあることは聞いていましたが、元々活発な子だったこともあり、実際に目の当たりにして日々変わっていく行動に体力が追いつきませんでした。

さらに、家に迎えて2ヶ月が経った頃、不注意から私が足首を骨折してしまうという最大の壁に直面しました。入院は免れたものの松葉づえ生活となり、約4週間、実家でお世話になることになりました。子どもはまだ試し行動の最中で後追いがきつくなってきた時期であり、関係性がしっかり出来ていない中でお世話ができないもどかしさがありました。

両親と共にへとへとになりましたが、結果として、子どもの性格やそれまでの大変さを理解してくれる人ができたことで、私の気持ちは救われました。

出自を隠さない「真実告知」と、乳児院への訪問

ー お子さんへの「出自」に関する話(真実告知)について、現在どのように考えているか、または実践されていますか?

お子さんへの出自に関する話(真実告知)については、早い段階から年齢に合った伝え方をしようと思っています。成長するにつれて問題も出てくると思いますが、お互いに思いを隠さず、伝えたり聞いてきたりできる環境の方が気分が楽であるように思うからです。

子どもはまだ小さいので理解はしていませんが、「年に一度は、育っていた乳児院に訪問しよう。それが真実告知のきっかけになるのでは」と夫が言い出し、つい先日訪問してきました。先生方もとても喜んでくださり、沢山の方が交代で顔を見に来てくれました。

本人はあまり覚えていないようでしたが、愛されて育った場所で、自分に会いに来てくれていると少しでも感じて新しい記憶になればと思っています。私たち自身も、成長を見てもらうのがとても嬉しく、「来年も行こう」と話しています。

入籍前の苗字の違いと、学校・地域社会への伝え方の課題


ー 手続き面や、学校・地域社会との関わりの中で「不便さ」や「課題」を感じることはありますか?

手続き面では、入籍を済ませるまでだとは思っていますが、苗字が異なることでの不便さがあります。また、養子縁組の数が少ないためか行政内でも理解されている方が少なく、手続きに時間がかかったり複雑だったりします。

今後、子どもが幼稚園や学校に通うようになった際、学校関係者も含めて「どの人まで、どのように伝えるか」については慎重になった方がよいと先輩養親さんに聞いています。特別養子縁組という少し特殊な家族環境はまだまだ珍しく、真実告知などの子どもへの理解度や影響も踏めて、見極めていかなければいけないという課題を感じています。

養子縁組を経て訪れた変化と、心からの喜び

夫婦の生い立ちを振り返り、明確になった「家族の姿」

ー 養子縁組を経て、ご自身の価値観や「家族」に対する考え方はどう変わりましたか?

養子縁組を経たことで、私たちの「家族」の姿が明確になりました。研修中に何度も細かい生い立ちを聞かれ、夫の生い立ちについても、この研修がなければ知り得なかった情報を沢山知ることができました。お互いにどんな家族で、どう育ててもらったかを振り返ることで、「どんな家族にしたいか」「どんな育て方をしたいか」というお互いの想いを知ることができました。

きっと普通に妊娠して出産していたら、このような振り返りは無く、自分だけの価値観が正しいと疑いもせずに、夫と出だしから衝突して子育てをしていたと思います。

ー「この子と家族になってよかった」と心から感じるのは、どのような瞬間ですか?

「この子と家族になってよかった」と心から感じるのは、家族3人で大笑いしている時です。子どもを囲んで笑っている時、「この子が居てくれるから、今この笑いがあるんだ」と思うと、愛おしさが溢れてきます。

これから特別養子縁組を検討する方へのメッセージ

「ハッピーだけの夢物語ではない」生活が一変する覚悟を

今までの大人だけの時間や、ゆとりがある生活は、事前に聞いて想像していたレベルをはるかに超え、本当に一変しました。楽しい、愛おしい、子どもを迎えて全てがハッピーという「夢物語」ではありません。今のご夫婦ふたりの生活を、もう一度作り変える覚悟が必要かもしれません。

血の繋がりがなくても家族になれる。ひとりで悩まず相談を

血のつながりが無くても、「家族」にはなれると思っています。なぜなら、夫婦には血の繋がりはありませんが、それでも「家族」だからです。

我が家は「新しい仲間が出来た」と思って子育てをしています。苦しくて先の見えない妊活生活があったからこそ、今、我が子の寝顔を見ながら、こんなに素敵な時間を過ごせることに幸せを噛みしめています。

まだまだ特別養子縁組は少数派かもしれませんが、いざその世界に入ってみると、身近に本当に多くの養親さんがいらっしゃることに驚きました。私も先輩養親さんに経験談を伺いながら、日々の悩みを聞いてもらっています。ぜひおひとりで悩まず、多くの方に相談されてください。私もそのひとりになれます。お一人でも多くの方に良縁が結ばれますよう、切に願っております。

本日お話をおうかがいした方

45歳

みわさん

約8年間にわたる長期の不妊治療を経験したのち、特別養子縁組という選択によって新しい家族を迎え、現在は夫と、1歳で迎えたお子さんとの3人で暮らし。

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