シリーズ 精子提供│第1回:精子提供における現状と課題、そして社会的背景
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妊活お役立ち情報
子どもを授かり、家族を築く。その当たり前のように思える願いが、医学的な理由や社会的な背景による高い壁に阻まれている人々がいます。本シリーズでは、日本における「精子提供」の現状と課題、そして未来に向けた新たな取り組みについて、全4回にわたって紐解いていきます。
第1回目は、精子提供を必要とする潜在的なニーズの多さと、それを取り巻く医療環境・法整備の過渡期である現状について解説します。
※本記事は、プライベートケアクリニック東京で非匿名精子バンクを運営する伊藤様に監修いただいています。
100人に1人。見えづらい「精子提供」の潜在的ニーズ

「精子提供」と聞くと、ごく稀な特別なケースを想像されるかもしれません。しかし、そのニーズは私たちが想像する以上に多く存在しています。
代表的な要因の一つが「無精子症」です。精液の中に精子が存在しない状態を指す無精子症は、実は男性の「100人に1人」という決して少なくない割合でみられます。精巣内の精子を探す手術を行っても精子が全く見つからなかった場合、ご夫婦は「精子提供による妊娠・出産」か、あるいは限られた選択肢の中から重く苦しい決断を迫られることになります。
また、精子提供を必要としているのは無精子症のご夫婦だけではありません。からだの性とこころの性が一致しない「性別不合(性同一性障害)」の方々にとっても、切実な医療的ニーズが存在します。戸籍上の性別を女性から男性へと変更したFTM(Female to Male)の方は、女性と法的な婚姻関係を結ぶことができます。彼らがパートナーとの間に子どもを望む場合、無精子症のご夫婦と同様に、精子提供が家族を築くための重要な希望の光となります。
激減する実施施設と、極端な地域偏在の現状

ニーズが確実に存在している一方で、精子提供を受け入れる日本の医療環境は、現在非常に厳しい局面に立たされています。
日本では、日本産科婦人科学会の見解に基づき、提供精子を用いた人工授精(AID)が70年以上前から行われてきました。現在、AIDを実施するためには学会への施設登録が必要であり、全国で16の医療機関が登録を行っています。
しかし、深刻なドナー不足などを理由に治療を休止する施設が相次ぎ、実際にAIDを実施できているのは全国でわずか10施設前後にまで激減しています。
さらに深刻な課題が、医療機関の「偏在」です。登録施設の所在地を見ると特定の都市部に集中しており、地方にお住まいの方にとっては通院自体が身体的・経済的に極めて大きな負担となります。居住地によって必要な生殖補助医療へのアクセスが絶たれてしまうという、医療の不均衡が起きてしまっているのです。
法整備の遅れと、広がる「個人間取引」のリスク

なぜ、医療環境がここまで追い詰められているのでしょうか。その背景には、生殖補助医療に関する国の「法整備の遅れ」が深く関係しています。
日本産科婦人科学会は、法整備が行われるまでの間、提供精子を用いた治療を「人工授精(AID)」のみに限定し、体外受精の実施を認めてきませんでした。また、ドナーは「匿名」であることが原則とされてきました。しかし、ドナーの確保が年々困難になる中、学会のルール下では望む治療が受けられないご夫婦が増加しました。
その結果、行き場を失った方々の間で、SNSなどを介した「個人間での精子提供」や海外での体外受精を選択せざるを得ないケースが急増しています。特に個人間取引は、感染症のリスクや予期せぬトラブルに巻き込まれる危険性を孕んでおり、安全性が担保されないまま当事者が自己責任で大きなリスクを負っている状態です。
繰り返される法整備の議論と頓挫の連続
日本における法整備は、1998年頃から議論が始まりながらも頓挫を繰り返してきました。
2020年にようやく「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」が成立しましたが、対象者の範囲や世界的にも最重要視されている「子どもの出自を知る権利」の保障については先送りされたままでした。
現在、事態は新たな過渡期を迎えています。2025年2月には「特定生殖補助医療に関する法律案」が参議院に提出されましたが、「対象を男女の婚姻夫婦のみに限定する」点や、「子どもへの情報開示の範囲は請求時のドナーの意思に委ねられる」点など、当事者の切実な実態や子どもの福祉の観点から見ると、依然として議論すべき課題が多く残され、審議入りせずに一度廃案となりました。
その後、2026年2月に日本産科婦人科学会がシンポジウム「特定生殖補助医療に関する公開講座 ~出自を知る権利を巡って~」を開催し、「提供精子を用いた人工授精・体外受精に関する見解」の改定案を発表しました。改定案では、提供精子を用いた体外受精を非匿名ドナーに限り認めていく方針が示されました。シンポジウムの開催後、日本産科婦人科学会は見解改定案への意見を公募し、2026年8月現在、最終的な方針の決定に向けた議論を進めています。
社会の制度が整わない狭間で、今この瞬間も悩み、もがきながら家族の形を模索している人々がいます。次回の第2回では、この法整備の議論でも大きな焦点となっている「出自を知る権利」を守るための新たな取り組みと、厳格な審査を経て協力するドナーたちの想いについてお伝えします。
出典・参考文献
- 日本産科婦人科学会「提供精子を用いた人工授精に関する見解」
- 日本産科婦人科学会「令和4年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告」(2023年8月)
- 日本産科婦人科学会「提供精子を用いた人工授精・体外受精に関する見解」改定案(2026年2月)
- 厚生労働省 厚生科学審議会生殖補助医療部会「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」(2003年4月)
- 「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」(2020年成立)
- 「特定生殖補助医療に関する法律案」(2025年2月公表)
記事監修
プライベートケアクリニック東京 【東京院】
日本不妊カウンセリング学会認定 不妊カウンセラー
伊藤 ひろみ
夫の無精子症により英国で非匿名ドナーから精子提供を受け、二児を出産。2019年にデンマークの精子バンク、クリオス・インターナショナルの日本事業担当ディレクターとして日本事業を立ち上げ、500名超の女性が国内で精子提供を受けることを支援した。2024年5月、プライベートケアクリニック東京にて日本初の非匿名ドナーのみを募る精子バンクを開設し、日々の運営にあたる。NPO法人日本不妊カウンセリング学会認定 不妊カウンセラー。

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