男性不妊講座#1 基本を知って精液所見を改善する!|泌尿器科医 岡田弘
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妊活お役立ち情報
男性不妊治療における採精方法と運搬方法の重要性について
不妊治療については、女性の因子に関しては色々な書物もあり、講演会やマスコミ報道等で見たり、触れる機会が多いと思います。
しかし、男性不妊に関して語られるのは、少ないのが現状です。
理由として、どの国でも同じく、最初の不妊治療は女性側が発達してきたという歴史があるからです。
実際、最終的に産むのは女性なので、女性が中心になることは否めません。
しかし、子供を作る時は、片性ではできず、必ず男性も同じ土俵上に立って考える必要があります。
もう1つの理由として、男性の研究者に対して、臨床をやってる人が極端に少ないからです。
女性不妊の治療者と比較して、全体の8%ぐらいしか男性不妊を診ている人はいないと言われてますので、とても少ない人数で、たくさんの患者さんを診るという悪条件が重なっている現状があります。
大都市部に関しては、関東地方、中央地方、東北の一部や関西に関しては、ある程度のまとまった人数がいますが、中国四国地方や北海道では、男性不妊をやってる人がほとんどおらず、日本海側は1人しかいないという現状があり、診察してもらえる機会がとても少ないです。
今回は、男性不妊に関する内容を、一般の人に分かるように解説していきたいと思います。
例えば、男性不妊治療の中で、最も難しいような無精子症の治療で、無精子症の精巣から精子を取り出して、顕微授精で子供を作るというような、高度な話ではなくて、もっと基本的な話をしていきます。
私の経歴
私は、獨協医科大学埼玉医療センターというところで、泌尿器科の主任教授をしていました。
二年前に退官し、現在は、獨協医科大学特任教授、国際リプロダクションセンターのチーフディレクターをしています。
国際プロダクションセンターとは、獨協大学埼玉医療センターの付属施設です。
今日は、以下の3つの内容について解説していきます。
● 生殖医療に関する知識の歴史的な背景
● 歴史背景は精子側から見た歴史的な背景で
●生殖よりは。変遷と実際そのときに、男性不妊症の立ち位置はどういう風に変化してきたか
生殖医療に関する知識の歴史的な背景
まずは、生殖医療に関する知識と歴史的な背景について解説していきます。
もともとは、男性のみが生命の源であるという風に考えていて、西洋も東洋も関係なくて、全ての国で男尊女卑のような考えがありました。
女性は、胎児を入れて育てるだけのもので、男が全てを作って、女性はそれを育てる入れ物に過ぎないという考え方です。
今から考えると、とても変な話です。
16世紀の生殖医療
1540年代、パラケルススという人が人工生命体ホムンクルスと名付けられた物を作りました。
彼は、お医者さんをしながら大学の教授でもあったのですが、最終的には、とても怪しい錬金術にはまり込んでしまい、最後には、大学教授の席も追われてしまいます。
この話は、16世紀の話で、人工生命体の作り方を以下のように示しました。
● 蒸留機の中に人の精液を入れる
● 数種類のハーブと糞を入れて40日間腐敗させる
● 透明で人間の形をしたようなものが出てくる
● 毎日人の血を与えて馬の胎内と同じ温度で保温する
● 40日間経過すると、人の子供がこの容器の中に出てくる
パラケルススは、このような、まことしやかなことを述べていました。
人間は、女性の関与がなく、精液から出来る。全ての源は、男であるというのがこのときの考え方です。
17世紀の生殖医療
1677年(先程のホムンクルスの100年後)、レーウェンフックという人が、最初に顕微鏡を作り、初めて精子を見ました。
今の形と違うプロトタイプの顕微鏡(虫眼鏡を大きくしたようなもの・下写真)で、精液を見て、丸い球状の粒が見え、手も足もなく尻尾が生えており、非常に速く動き回ってることを確認しました。
今の精子の原形を、この時、すでに見ているのです。
フェルメールとレーウエンフックの絵がありますが、2人はお隣り同士で住んでいました。
誕生日も数日しか違わず、同じ学校に通っていて、おそらく、フェルメールは、レーウェンフックの作った顕微鏡を覗いていると想像されます。
フェルメールの画法の中に、レーウェンフックが見てきた自然界を注視したような、顕微鏡を覗いたような発想のようなものが、絵の中に隠されているという風に言われています。
レーウェンフックは、1677年に精子を発見して、これが生命の源かなと考えた訳ですが、オランダの科学者のハルトソーケルという人が精子の発見を歪めてしまいます。
これは有名な絵で、左側に書いてあるのが精子で、よく見ると、その中に体育座りした小人が入っていて、これが人間そのものだと言いだした訳です。
つまり、セックスすることで、この小人が、女性の中に宿り、全ての源は男であって、男から全ての人が出てくると。
精子の中には、すでに人がいるんだというような意見を、1694年に出しました。
しかし、レーウェンフックは、1677年に精子を見ていますが、小人は観察していません。
もともとの考え方で、全ての生命の源は、男であるという男尊女卑の発想に合致した学説が、流れてきた訳です。
男性のみが生命の根源であり、女性は胎児を入れておく入れ物に過ぎないと。
20世紀の生殖医療
20世紀になってからは、生物学とか動物学畜産を中心とした学問の進歩によって、第二次世界大戦後に、男女平等という思想が出てきました。
1960年代になってからは、ウーマンズリベレーション、ウーマンリブという活動が盛んになってきて、女性の権利が叫ばれるようになりました。
同時に『ウィメンズヘルスイニシアチブ』という、女性は男性と違うんだから女性の医療を中心に考えていく、女性医療に特化したことを考えていこうという、運動が世界中で巻き起こります。
1970年代には、動物学畜産学の知識や成功を受けて、体外受精が最初の成功を収めます。
これにより、男が生命の源ではなく、女性と男性の両性が必要で、受精という行為・道のりを経て、胚から受精卵ができ、子宮の中で着床することによって、胎児として育っていくことが明らかになってきました。
この説は、動物学も畜産農学も同じで、人も例外ではないことが明らかにされました。
男性不妊外来の歴史
日本で最初に、男性不妊外来を開始したのは、大阪にある越田クリニックでした。
越田先生は、私の先輩です。
不妊症は、女性だけでなく両性の問題であると捉え、男性不妊外来は絶対に必要だと考え、先駆的に自らのクリニックへ男性不妊外来を設けました。
もともとは、大学付属病院などの大きな病院しか、男性不妊外来は無かったのですが、1995年、越田クリニックが、男性不妊外来を持つ最初の個人クリニックとなりました。
越田クリニックが、男性不妊治療を始めたのが1995年ですが、男性と女性の両方を同時に診療するのが理想的という考えは、比較的新しいものです。
私たちが設立した国際リプロダクションセンターは、2015年に開設されました。
このセンターは、大きな病院内にあり、男性と女性が同時に診療ができ、出産に関する全てのサービスをワンストップで提供しています。
不妊症の治療の歴史を振り返ると、男性不妊という問題の関連を理解するための、一般的な不妊治療という考え方が浮かび上がってきます。
一般的な不妊治療は、体外受精を指すものとされていますが、以下のような2つに分けられます。
● タイミング法
● 子宮内人工授精(IUIやAIHとも言われます)
タイミング法とは、アプリなどを用いて排卵日を特定したり、血液検査や尿検査で最も受精しやすい時期を判断し、そのタイミングで性交渉を持つ方法を指します。
子宮内人工授精は、体外で精液から特に良好な運動精子を選び出し、それを子宮内に注入することで妊娠しやすくする方法です。
これらの治療法の背景や考え方を理解することで、男性不妊という問題との関係が明確になります。
不妊治療の進化とともに、現代の不妊治療は、男女共に取り組むものとなり、その結果として、男性不妊も重要なテーマとして取り上げられるようになりました。
これらの方法は『両方とも精子の力でたどり着いて受精する』ということが重要で、精子の質がとても重要視された時代でした。
私が医者になった初期、一般不妊治療しかなかった時代(体外受精が隆盛を極めるまで)は、精子側の研究をする研究者もたくさんいて、精子機能検査を中心としていました。
精液検査、一般精液検査と呼ばれる、精液の量、運動率や形や運動性の解析等の精子機能検査は、このあたりで実施されるようになります。
今でも、精子の機能検査の一部である、精子の運動性は自動分析で残ってますが、
近代生殖補助医療時代になり、1978年にステプトー&エドワードが、最初のIVF-ET(体外受精)を成功させ、テストチューブベビーや試験管ベビーが産まれたということを報告しました。
エドワードは、2010年にノーベル賞を受賞していますが、ステプトーは、2010年より前に亡くなったのでノーベル賞を受賞できませんでした。
一般不妊治療から体外受精への推移
我が国で、一番最初のIVF-ET(体外受精)症例報告は、東北大学の鈴木雅洲教授が行っています。
1982年にIVF-ETを行い、赤ちゃんが生まれたのは、1983年でした。
IVF-ETは『in vitro fertillzation with embryo transfer』の頭文字をとっており、体外で培養した卵と精子を共培養してできた受精卵を子宮に戻す、これがセットになっているものを指します。
日本においては、1982年以降、モダンアートの時代に入り、一般不妊治療から体外受精を中心としたような生殖補助医療の時代に突入していきます。
1922年(日本で最初の体外受精が行われた10年後)、パレルモという先生がイクシー(Intra Cytoplasmic Sperm Injection :卵細胞質内精子注入法)というのを発表しています。
この方法は、顕微鏡で発見した1匹の精子を使って、卵子の中に精子を注入するという方法です。
精子が卵子の中に入ってきて、受精能力を問わないということになってきたので、精子の質はあんまり問わなくてもいいのではないかという意見が出てきました。
日本では1933年に、セントマザ―の田中先生がイクシーを実施しています。
精子が1つあれば、1つの卵を受精でき、理論上、妊娠が可能になったという風に思われるようになりました。
これは、男性不妊の精子が少ないというのは、精子の機能が悪いということによって、子供が出来にくい人には、貢献してきただろうということになります。
不妊症というのは、色々な複合要因によって生じます。
セックスをすれば、膣の中に元気な精子が入ってきます。
精子は、卵細管の所でトラップされて、卵管の中に入り、卵管膨大部で子宮の中を登ってきた精子と出会います。
最終的に受精卵は、子宮の粘膜に着床し、胎盤が形成されて妊娠が成立することになります。
しかし、このプロセスの中で、どこかで障害があった時は、子どもができないということになります。
精子側では、以下の障害が考えられます。
● 射精ができない精子の形成が悪い
● 精子がいない
● 精子が少ない精子の胚発生をする力がない
卵子側では、以下の障害が考えられます。
● 排卵をするかしないか
● 卵管にちゃんと入っているか
● 胚発生しているか
● 良好な胚ができているか
● きちんと着床するか
採精方法や精液運搬の重要性について
女性だけでなく男性側でもトラブルがあると、不妊症になりやすいことが分かりました。
ここでは、以下の内容について解説していきます。
● 精液採取について
● 精液運搬について
精液採取について
一般不妊治療、体外受精、いずれにしても、性交渉によって精子が原因で妊娠が成立しないということが多いです。
その原因がある中で、性交渉以外で子どもを作るということは、一般的なタイミング法以外の名称の、治療の根幹になってきます。
精液を採取して体外に採り出した場合は、人工授精で使うまでに、どこかへ運ぶか保存しておくことになりますが、保存方法や運搬方法をよく考えておく必要があります。
精液を運搬するというのは、100円ぐらいのカップに入れて持っていくというのが普通ですが、ここには大きな落とし穴が存在します。
精液の採取は、ほとんどのクリニックで行われています。
ご主人(男性パートナー)に精液カップを渡して、この中に採ってくださいねっていうことを伝えます。
精液の採取は、だいたいの方がマスターベーションで取ります。女性には、少し分かりにくいことですが、マスターベーションで射精して精液をだすということと、排尿するってことは全く違います。
苦労して精液カップ入れてくるわけですが、ここで大きな問題があります。
射精をするタイミング(朝や夕方)によって、精液所見が全く違うという点です。
不妊性の患者さんに、朝と夕方で精液を出してもらって比較してみると、精子の動きに大きな差が出るのですが、不妊患者さんに、同じタイミングで精液を出してもらうと、さらに大きな差がでます。
朝と夕方の精液を比較したとき、濃度や運動率は、あまり変わりませんが、総精子数濃度かけるボリュームと、トータルの運動精子数も朝のほうが減っているんです。
例えば、人工授精の検査をするから、朝7時ぐらいに精液を出してくださいと言われても、なかなか出にくいです。
精液採取のベストなタイミングは、休日や仕事が終わった後の夜の時間帯です。
採取場所は、家がいいと言う方やクリニックの方がいいと言う方、その人によってとても差があります。
タイミングや場所などの要因によって、マスターべーションの完成度の差が出てくるので、精液所見がとても変わります。
いつどこで、どのような方法で採るかということが、非常に重要です。
同じ患者の精液が、朝と夜で全然違うので、治療方針は、大きく変わってきてしまいます。
精液運搬について
多くの場合、精液をマスターベーションによって精液カップに出し、
クリニックや病院に持っていきます。
精液運搬の理想は、来院後に院内で採精して、すぐに精子を検査することですが、
多くの病院やクリニックで、精液を採るための採精室は1つぐらいですので、自宅で採ってくることを求められます。
我々のクリニックは、男性不妊を中心に行っていますので、採精室は7つあります。
精子を保管するときの最適温度
精子にとってのベスト温度は、20℃台が1番良いです。
精子は、温度によって、運動率や生存率などの感受性に、大きく違ってきます。
37℃(体温に近いぐらい)に置くと動きが鈍く、25℃(室温ぐらい)に置くと活発に動いているので、これぐらいの温度が最も良いということになります。
4℃(冷蔵庫より少し高い温度)くらいの低い温度に置いた場合、3時間ぐらいまではあまり差がありませんが、6時間を越すと、極端にコールドショックが起こり、精子の運動率や生存性が低下します。
37℃(人肌程度の温度)くらいの高い温度に置いた場合、精子の運動性能低下率は早くなります。
人肌くらいで精子を持ってきてくださいという、クリニックもありますが、実は悪い結果を招いているケースが多いです。
精子を保管に適した容器
採精では、精子カップと呼ばれている容器が使われていますが「WHOマニュアル」では、精子を運搬することについて、以下の内容が記載されています。
● 2日から5日間ぐらいの禁欲をして、射精をすると精子が採りやすい
● 滅菌容器に採取して、運搬するときは、温度を体温ぐらいに保つ
● 採取後1時間以内に、検査するのが望ましい
精子は、10℃以下の低温に弱く、精子がダメージを受けるコールドショック
という現象が起こることが分かっています。
そのような理由から、保温性があり、高価でなく使いやすい、『トランスポーターS-2』という、新しい容器が開発しています。
トランスポーターS-2(精液輸送容器)は、精液を溜めるために、蓋が円錐形に出っ張っており、大きな広口があります。
蓋を閉めることによって、器層部分で、器体の部分がどんどん先が減り、蒸発を防ぐようになっています。
トランスポーターS-2に精液を入れた後は、発泡スチロールの容器の中に入れて、
保温剤を入れて運搬をすれば、精子の運動率や生存率の低下を防ぐことができます。
実際の使い方は、以下のとおりです。
● 蓋を取る
● 円錐台形カップにを精子を射出する
● 蓋をする
● 保温剤を入れる
● 裏蓋をして発泡スチロール容器に納める
精子運搬時の温度管理の重要性
通常の精液カップの場合は、約3時間で12度ぐらいになりますが、トランスポーターS‐2の場合は、20度を約3時間保つことができるので、精子にとってダメージが少なくなります。
子供がいる男性は、精子の温度耐性が強いということが分かっています。
通常の精液カップとトランスポーターS‐2とで、以下のような条件で比較をしてみました。
※ブルーラインは実験を始める前の初期値
● オレンジラインは、通常の精液カップに入れて25℃に2時間
● グレーラインは、通常の精液カップに入れて10℃に2時間
● イエローラインは、トランスポーターS‐2に入れて10℃で2時間
比較の結果、通常の精液カップの場合、精子の運動性は10℃で、運動率がどんどん悪くなることが分かりました。
妊孕性のある人達で、運動性を見た時、子供がいる男性の運動性の中央値は、約70%ぐらいの運動性を持っています。
しかし、男性不妊外来に来られる、子供がいない男性の場合は、運動性の中央値が10%程度になってくると、普通の精液カップでは、2時間の移動だけでも運動性が悪くなってしまい、10℃の場合では、極端に運動性が悪くなります。
治療や検査をする時、運び方が悪かったり、採精するタイミングや場所が悪かったりすると、検査結果が全く違ってきます。
精液検査結果が悪く出た場合は、結果ではなく、要因に注目しましょう。
10℃以下で精子をクリニックに運搬した時、通常の精液カップの場合とトランスポーターS‐2の場合で、違いがあるのかを確認しましょう。
(条件)精液のボリュームや濃度は、ほぼ差がない。
精子の運動率は、トランスポーターS‐2の方が良く、早く動く精子の数も非常により良いという結果がでました。トータルの運動性も、トランスポーターS‐2で運搬した方が、ずっと良いという結果になりました。
10℃以下の温度で持ってくる時は、通常の精液カップで運搬すると、悪い結果がでるケースが多いです。
精子そのものに原因があるのではなく、運搬方法や採精方法が悪いのです。
悪い結果を見て落胆する前に、結果を生み出す要因を、きちんと確認する必要があります。
この点に、気が付いてない婦人科の先生がとても多く、患者さんが持ってきた精子を検査して、数字だけ見ている方もいます。
精液検査で重要なことは、採精方法と運搬方法だということをお話しさせていただきました。
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