反復着床不全の検査(PGT-A/ERAおよびERPeak)メリットとデメリットを徹底解説

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2025.10.17

不妊治療

【第4話】【検査編②】胚を調べるPGT-A、最適な移植時期を探るERA・ERPeak検査。受けるべき?

これまでの検査でも原因が特定できない場合、より先進的な検査が次のステップとして考えられます。今回は、近年注目される「PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)」「ERAまたはERPeak検査(子宮内膜受容能検査)」を解説します。

これらの検査は希望の光となる可能性がある一方、高額な費用や専門家の間での議論など、知っておくべき「影」の部分もあります。メリット・デメリットの両方を理解し、慎重に判断するための一助としてください。

1. 胚の染色体を調べる「PGT-A」


PGT-Aは、第2話で解説した反復着床不全の最大の原因とされる「胚の染色体異数性」に、移植前にアプローチする検査です。

【PGT-Aとは?】


体外受精で得られた胚盤胞から、将来胎盤になる部分の細胞を5~10個ほど採取し、その細胞の染色体の数に過不足がないかを調べます ※1。そして、染色体数が正常(正倍数性)と判断された胚を選んで移植することで、移植1回あたりの妊娠率を高め、流産率を低下させることを目的とします ※1。

実際に、日本産科婦人科学会が主導した試験では、反復着床不全の方がPGT-Aを行った場合、行わなかった場合と比べて、移植あたりの臨床妊娠率が有意に高かったという結果が報告されています ※2。

【知っておきたいPGT-Aの議論点】


一見すると画期的な検査に思えるPGT-Aですが、専門家の間でも活発な議論があり、そのデメリットを理解しておくことが極めて重要です。

POINT①:本当に「赤ちゃんを授かる確率」は上がるのか?

PGT-Aの最大の論点は、「移植1回あたりの妊娠率」は向上させるものの、「採卵1回あたりの最終的な出産率」を向上させるという明確な証拠がまだ不足している点です ※1。


第2話で説明した通り、胚盤胞における染色体正数胚の割合は年齢によって大きく異なります。35歳で1/1.5個、38歳で1/2個、40歳で1/2.5個、44歳で1/9個染色体正数胚があるため、35歳以下ではPGT-A行うメリットは非常に低く、逆に高齢女性だと検査の結果「移植に適した正常な胚が一つも見つからない」というケースがあり得ます。

POINT②:「モザイク胚」というグレーゾーンの存在

検査技術の進歩により、「モザイク胚」という存在が明らかになりました。これは、正常な細胞と染色体異常のある細胞が混在している状態の胚です ※1。


かつては異常胚として移植の対象外でしたが、その後の研究で、モザイク胚を移植しても妊娠が継続すればほとんどの赤ちゃんが健常児で生まれることが分かってきました ※3。


しかし、どのモザイク胚なら安全かを完全に見分けることはできず胚移植してみないとわからない問題があります。

POINT③:身体的・経済的・精神的な負担

PGT-Aには、無視できない負担が伴います。まず、胚から細胞を採取する操作が、胚にダメージを与えるリスクはゼロではありません ※4。

また、費用は自費診療となり、胚1個あたり11万円以上と非常に高額です。そして何より、高額な検査をした結果、「移植できる胚がありませんでした」と告げられた時の精神的なダメージは計り知れません ※4。

ただし、通常自費で胚移植を行うと15-30万円/回程度かかり、流産時にはさらに手術費用の負担があるため、40歳以上の方では、出産までの累計費用を考慮するとPGT-Aを実施したほうが結果的に費用負担が少なくなるケースもあります

これらの理由から、日本産科婦人科学会をはじめとする主要な学会は、「すべての方に一律でPGT-Aを推奨するには証拠が不十分」という見解を示しており※5、個別性を前提とした意思決定が求められています。

PGT-Aは万能の解決策ではなく、メリットとデメリットを十分に理解した上で、慎重に選択すべき検査なのです。

2. 最適な移植タイミングを探る「ERAおよびERPeak検査


ERAおよびERPeak検査は、第2話で解説した「着床の窓」のタイミングが、人によってズレている可能性に着目した検査です。

ERAおよびERPeak検査とは?】

胚移植を行う周期と同じように薬で子宮内膜を厚くし、本来移植を行うはずのタイミングで内膜の組織を採取。着床に関連する遺伝子の働きを解析し、その内膜が本当に受精卵を受け入れられる状態(受容期)にあるのかを判定します ※6。


反復着床不全の方の約25~30%で「着床の窓」がズレているという報告があり、このズレを補正して移植することで妊娠率が向上したというデータも複数存在します ※7。

【知っておきたいERAおよびERPeak検査の議論点】

ERA・ERPeak検査もまた、その有効性を巡って専門家の間でも意見が分かれています。

  • ERA・ERPeak検査は妊娠率を改善しないのでは?

    近年、ERA・ERPeak検査の有効性に疑問を呈する研究報告も出てきています。2023年に報告された8臨床研究をまとめたメタ解析では、ERA・ERPeak検査を行う群と行わない群で妊娠成績を比較したところ、両者の間で妊娠成績に有意な差は見られなかったと結論付けています ※6。


  • 「窓のズレ」は"原因"か、それとも"結果"か?
    もう一つ重要な視点があります。それは、ERA・ERPeak検査で分かる「着床の窓のズレ」が、根本的な"原因"なのか、それとも何か別の問題が引き起こした"結果(症状)"なのか、という点です。

第2話で解説した「慢性子宮内膜炎」が、この問いの鍵を握ります。ある研究では、慢性子宮内膜炎にかかっていると、着床の窓が正常なタイミングである確率が著しく低く、一方で、抗生剤で治療し炎症が治ると、その確率が回復したと報告されています ※8。

このことは、根本原因である慢性子宮内膜炎を治療すれば、着床の窓も自然と正常なタイミングに戻る可能性があることを示唆しています。高額なERAまたはERPeak検査(通常1回あたり10-20万円)でズレたタイミングに合わせるよりも、まずはその原因かもしれない炎症の検査・治療を優先する方が、より本質的なアプローチになる可能性があるのです。

あなたにとっての「最善」を考えるために

今回は、先進的な検査であるPGT-AとERA・ERPeak検査について、そのメリットと、知っておくべき議論点やデメリットを解説しました。

これらの検査は、原因不明の状況を打破する一筋の光となる可能性がある一方で、決して万能ではなく、身体的・経済的・精神的に大きな負担を伴う選択肢でもあります。

大切なのは、最新の検査だからと飛びつくのではなく、ご自身の状況、年齢、そして価値観に照らし合わせ、医師と十分に話し合って、ご夫婦で納得のいく道を選ぶことです。

【次回予告】第5話:【治療編】希望につなぐ治療法。エビデンスに基づいた選択肢を専門家が解説

いよいよ最終回となる次回は「治療編」です。これまでの検査で原因が特定できた場合の治療法や、原因不明の場合でも着床をサポートするために行われる様々な治療法について、科学的根拠(エビデンス)に基づいて解説します。

参照:

  • ※1: 田中温, 黒田恵司. 各論1生殖補助医療 着床前診断 (PGT-A, PGT-SR). データから考える不妊症・不育症治療 希望に応える専門外来の診療指針 改定第二版 Medical View社 208-219, 2022
  • ※2: Iwasa T, Kuwahara A,Takeshita T, Taniguchi Y, Mikami M, Irahara M. Preimplantation genetic testing for aneuploidy and chromosomal structural rearrangement: A summary of a nationwide study by the Japan Society of Obstetrics and Gynecology. Reprod Med Biol. 2023;22(1):e12518.
  • ※3: Treff NR, et al. The “mosaic” embryo: misconceptions and misinterpretations in preimplantation genetic testing for aneuploidy. Fertil Steril. 2021;116:1205-1211
  • ※4: Dahdouh EM. Preimplantation Genetic Testing for Aneuploidy: A Review of the Evidence. Obstet Gynecol. 2021 Mar 1;137(3):528-534., 日本産科婦人科学会. (2021). PGT-A、PGT-SRの有効性・安全性等に関する情報提供(動画・資料).[28]
  • ※5: 日本産科婦人科学会. (2021). PGT-A、PGT-SRの有効性・安全性等に関する情報提供(動画・資料).[28]; 日本産科婦人科学会. (2021). PGT-A・SR に関する Q&A.[25]
  • ※6: Arian SE, Hessami K, Khatibi A, To AK, Shamshirsaz AA, Gibbons W. Endometrial receptivity array before frozen embryo transfer cycles: a systematic review and meta-analysis. Fertil Steril. 2023 Feb;119(2):229-238.
  • ※7: 杉山産婦人科. (n.d.). 子宮内膜着床能(ERA)検査について.[20]; 京野アートクリニック仙台. (n.d.). 子宮内膜受容能力検査(ERA).[19]
  • ※8: Kuroda K, Horikawa T, Moriyama A, Nakao K, Juen H, Takamizawa S, Ojiro Y, Nakagawa K, Sugiyama R. Impact of chronic endometritis on endometrial receptivity analysis results and pregnancy outcomes. Immun Inflamm Dis. 2020;8(4):650-658.

記事監修

杉山産婦人科丸の内 

院長

黒田恵司先生

2001年順天堂大学医学部卒業、同大学産婦人科学講座入局
2003年産科婦人科舘出張佐藤病院
2004年東京女子医科大学第二生理学教室体外受精・卵活性化について研究
2005年順天堂大学 産婦人科学講座助手
2007年順天堂大学院 医学博士課程 学位授与、産婦人科学講座 助教
2010年Imperial College, London Hammersmith Campus, Research fellow 子宮内膜脱落膜化について研究
2011年University of Warwick, Research fellow 原因不明不育症・着床不全について研究
2013年順天堂大学 産科婦人科学講座 准教授
2018年杉山産婦人科新宿 難治性不妊症診療部長 内視鏡診療部長
2023年杉山産婦人科丸の内 院長 現在に至る。
 資格:産科婦人科専門医、生殖医専門医、産科婦人科内視鏡技術認定医(腹腔鏡、子宮鏡)、オフィス子宮鏡手術認定医、不育症認定医
 著書:データから考える不妊症・不育症治療, メジカルビュー社
エビデンスで答える女性診療で必要な栄養素・サプリメントの知識90, メジカルビュー社
Treatment Strategy for Unexplained Infertility and Recurrent Miscarriage, Springer社など

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