【先進医療】膜構造を用いた生理学的精子選択術とは?効果や費用を解説
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妊活お役立ち情報
目次
先進医療①では「強拡大顕微鏡を用いた形態学的精子選択術(IMSI)」、先進医療②では「ヒアルロン酸を用いた生理学的精子選択術(PICSI)」をご紹介しました。 どちらも顕微授精(ICSI)において、より良好な精子を選び出すための技術です。
そして、もう一つの先進医療として注目されているのが、「膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術」です。 保険診療と併用される際は、こちらも顕微授精を行う方に適応となります。
正式名称だと長く言いにくいこともあり、実際の医療現場では、「ZyMōt(ザイモート)」「Harvester(ハーベスター)」といった製品名で呼ばれることもあり、「精子選別デバイス」という呼び方をされることもあります。
これらはすべて、運動性が良く、DNA損傷の少ない良好な精子を回収する目的で用いられています。
そこで今回は「膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術」について掘り下げていきたいと思います。 この技術について理解するには、不妊治療ではどのようにして精液から精子を取り出すのかを知っておく必要があるため、まずはそちらから見ていきましょう。
精液から精子を取り出す方法
そもそも、人工授精や体外受精で使用される精子は、どのように精液から取り出されているのでしょうか?
射出される精液には、精子だけでなく粘性のある精漿(せいしょう)が含まれていて、この精漿が精液の約9割を占めています。 精漿には、以下のような役割があることが知られています。
- 膣内に射出された精子が漏れ出ないようにする
- 精子が卵子に到達するまでにエネルギーを使いすぎないよう運動性を抑える
- 活性酸素などから精子を保護する
しかし体外受精では、精子を卵子にすぐ受精させる必要があるため、精漿が残っていると受精を阻害することがあると報告されています。 さらに、精液中には白血球や細菌、動かない精子、その他の不要な細胞も含まれており、これらを除去する必要があります。
そのために行われるのが、いわゆる「精子調整」です。 施設ごとに手法には若干の違いがありますが、目的は共通しており、「精漿やその他の不要物を除去し、運動性のある精子を回収する」ことです。
施設で行われている精子調整法には、主に以下の2つの方法がありますので見ていきましょう。
密度勾配遠心法
精子の重さの違いを利用する方法です。 良好な精子の比重は1.11~1.12とされており、その比重に応じた特殊な溶液を用います。
この溶液の上に精液を重ねて遠心分離を行うことで、その比重にあった精子が下に沈みます。 その沈殿を回収することで良好な精子を得る方法が、密度勾配遠心法です。
この方法は、処理時間が20~30分程度と短時間であることから、多くの培養室で広く用いられています。
※メッドテックパートナーズ株式会社様より提供
スイムアップ法
こちらは、精子の運動能力を活用する方法です。 精液に培養液を加えて遠心分離し、精漿を除去した後に沈渣(=精子などの細胞が沈んだ部分)を回収します。
その上に新しい培養液を加えて1時間程度静置すると、運動性の高い精子が上の層に泳いで上がってくるため、それを回収します。
運動性の低い精子や死滅精子は沈んだままなので、その部分を採らないよう、運動精子に上まで上がってきてもらうイメージですね。
また、施設によっては、運動する精子は良好な精子とも言い換えられるため、密度勾配遠心法と組み合わせて使用されることもあります。
※メッドテックパートナーズ株式会社様より提供
このように、精液は「精子調整」を経て、人工授精や体外受精に使用されます。 いずれの方法においても、共通して「遠心分離」が行われていることがわかります。
しかし、遠心分離では300G以上の強い遠心力がかかるため、精子内部のDNA損傷(DNA断片化)を引き起こす可能性があるとも指摘されています。
膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術とは?
精液調整法についてざっくりとご説明したところで、膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術について見ていきましょう。
この方法では、遠心分離機を使用せずに、専用の精子選別デバイスを使用します。 このデバイスの内部には、非常に微細な穴の開いた膜が内蔵されています。
下部:精液、上部:回収する精子が集まる場所
※メッドテックパートナーズ株式会社様より提供
仕組みとしては、
- 下部に精液を注入
- 上部に、運動性のある精子が膜を通過して到達
- 上部部分の精子を回収
この膜の穴は、正常な形態を持つ精子の頭部サイズを参考に設計されていて、精子頭部が通常より大きい精子は染色体異常が通常よりも高いことが知られていますから、そのような精子を通過させない目的も考えられます。
また、動かない精子や奇形精子、精漿成分、白血球などの異物は下部に残るため、良好と思われる運動精子を回収できるとされています。
この方法で回収された精子が、後に顕微授精(ICSI)に用いられます。
この方法のメリットには、
- 遠心分離機を用いない方法のため、精子への物理的ダメージ(DNA損傷)を抑えられる
- 運動性の低い精子や動いていない精子、膜を通過できない頭部を持つ形態異常精子を除外できる
が挙げられます。
IMSIやPICSIのように顕微授精時に良好な精子を選ぶことが目的なのに対し、膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術は、その前段階である精子調整の時点で質の高い精子を回収し、その中から顕微授精時に1個を選ぶことを目的としています。
一方で、デメリットも考えられます。
- 密度勾配遠心法と比較すると、回収できる精子の数が少ない傾向がある
- 十分な運動性がないと膜を通過できないため、精子数がいない、運動性が低い場合には適さない可能性がある
密度勾配遠心法と同程度の精子数を回収しようとすると、より長時間の静置が必要になりますが、長時間静置すると良好精子以外の精子も集まってくる可能性があるため、30分程度の静置が推奨されています。
膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術の適応
膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術を保険診療と併用する場合は、以下の条件を満たす必要があります。
不妊症と認められた方のうち、
- 顕微授精を行う方
- 1回以上顕微授精を実施しても移植可能胚が得られなかった、もしくは胚移植をしても妊娠しなかった方
- 本研究の概要や計画を説明し、同意を得られた方
が適応範囲です。
①の条件にあるように、この技術は、顕微授精を受ける方を対象としています。 現時点で先進医療として認められているのは顕微授精法における使用のみとなっています。
続いて②の条件です。
PICSIやIMSIの時にもご説明いたしましたが、体外受精治療において、卵子や精子内部の染色体は、受精やその後の成長に関わっていることが知られています。 つまり、なるべく「良好な精子」を選ぶことが治療においても重要だと言えます。
しかし、精子を見ただけでは内部のDNA損傷や染色体がどうなっているかは誰にもわかりませんし、遠心分離による精子DNAの損傷も同じように、目視の確認ではわかりません。
更に、遠心による精子DNAの損傷リスクがあることは知られているものの、全ての精子が損傷するわけではありません。
過去、この技術を用いずに出産に至った方も多くいらっしゃるように、遠心分離による調整が全ての精子に悪影響を及ぼすということではなく、通常の精液調整を行って体外受精治療を行ったものの、生児獲得に至らなかったケースにおいて、膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術が利用されることが多く見られます。
そして③についてですが、こちらは先進医療に含まれる技術は、保険診療に認められる前の研究という側面もあり設けられています。 今後、この技術の有効性が国により認められれば、保険診療の対象となる可能性もあります。
また、除外される対象(利用できない方)も定められており、
- 高度乏精子症の男性不妊患者
(原精液における総運動性精子数が10万未満)
※ 総運動性精子数 = 精液量(mL)× 精子濃度(1mLあたり)× 精子運動率(%) - TESE/TESA/PESA の対象となる男性不妊症患者
- 凍結融解精子を使用する患者
- 研究への非同意、または対象条件を満たさない方
- 生殖補助医療治療計画書を作成時の女性年齢が43歳以上のカップル
- その他、研究責任医師又は研究分担医師等が本研究を安全に実施するのに不適当と判断した症例
とあります。
上記のいずれかに該当する場合、この技術を保険診療と併用することはできません。
膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術の効果
膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術は、胚発育の向上や妊娠率、着床率の向上、そして流産率の低下が期待されています。
卵子と精子が受精し、良好な発育をするためには、両者の染色体やDNAの状態が非常に重要です。
DNA損傷のある精子が卵子と受精した場合、ある程度は卵子側のDNA修復機能が働くことが知られていますが、損傷の程度によっては修復されず、受精後の胚の成長が停止してしまうことがあります。
また、仮に移植可能な胚に成長したとしても、染色体異常を含む胚であれば、着床しにくい、妊娠しにくい、着床しても流産しやすいといったリスクが高まることが示唆されています。
このような背景から、膜構造(マイクロ流体構造)を用いてDNA損傷の少ない精子を選別することにより、染色体異常胚のリスクを下げることが期待されています。 その結果、胚発育の改善や妊娠率・着床率の向上、流産率の低下につながる可能性があります。
膜構造(マイクロ流体構造)を用いた生理学的精子選択術の費用
技術にかかる費用は、クリニックによって設定が異なります。
料金の目安としては、25,000円~35,000円とされており、施設によってはそれ以上の費用がかかることもあります。
受診予定のクリニックのホームページなどで、事前に費用を確認しておくと安心ですね。
本日お話をおうかがいした方
塚田寛人
大学卒業後、検査会社にて動物の検査業務を担当。その後、医療法人三秀会中央クリニックにて胚培養業務に従事。クリニック開業に伴う、培養室立ち上げにも参画。現在は、高度生殖補助医療(体外受精)や妊活で悩む方へのオンライン相談やのほか、株式会社QOOLキャリア(https://career.qo-ol.jp/)へ協力し、企業に勤める女性へ医療情報を提供するなどのサポートを行っている
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